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競馬はドラマチックすぎて止められません

2017/10/12

ガッツポーズする女性

競馬というものは、常にドラマが付きまとっています。そんなドラマの中でも最もドラマチックと呼ぶべき存在は、トウカイテイオーではないかと思います。

トウカイテイオーは、1991年の皐月賞と日本ダービーを、翌92年のジャパンカップを、そして翌93年の有馬記念を一年ぶりの出走で勝利した希代の名馬です。残念ながら直仔で活躍した牡馬は限られているため、直系の血が繁栄していくことは望めないでしょう。

しかしながら、トウカイテイオーという競走馬そのものが歴史に名を残す大きな存在として、日本競馬が続く限りは語られていくのかなと思います。そんなトウカイテイオーですが、競走成績だけでなく誕生するきっかけもドラマチックなんですよね。

時代は遡って1937年、この年の日本ダービーは、史上初めて牝馬が優勝をしました。ヒサトモという馬です。この馬は後に帝室御賞典という現在の天皇賞に相当するレースも制しており、歴史に残る牝馬であることは間違いありません。しかし、引退後の成績が期待外れでした。

とにかく受胎率が悪く、また産まれた仔も思ったほどの競争能力を有していないのです。

すると、戦後間もなくの1949年に復帰をさせられてしまうのです。ヒサトモ16歳の時の話です。現代であれば考えられない話でしたが、馬不足と期待外れの繁殖成績という二つが相まって、トントン拍子に復帰が決まってしまうのです。

しかし、引退から十年以上が経過した競走馬が、厳しい調教やレースに耐えられるはずもありません。同年11月に、ヒサトモは調教後の心臓麻痺でこの世を去ってしまうのです。以降、ヒサトモの名前は歴史の彼方へと消え去っていきます。

しかし、それから半世紀近くが経過した1984年、にわかにヒサトモの名前が脚光を浴び始めるのです。きっかけは、同年のオークスを優勝したトウカイローマンの血統です。実は繁殖牝馬として、ヒサトモはたった一頭の牝馬を残していました。

その馬の名前はブリューリボン。トウカイローマンの4代前の直系牝馬です。そうなのです。ヒサトモの5代子孫が、1984年のオークスを制したのです。

しかし、ヒサトモの血はここで絶えることはありませんでした。むしろ、それは序章に過ぎなかったのですね。このトウカイローマンと同じ年に牡馬クラシックを席巻したのが、皇帝の異名を持ったシンボリルドルフです。

トウカイローマンのオーナーは同い年のダービー馬とオークス馬を掛け合わせようと、種付け権を購入しましたが引退間際になってトウカイローマンが急激に調子を上げていったのです。

そこで現役を続行することになり、シンボリルドルフの種付け権は宙に浮いたままになったしまいました。なお余談ですが、このトウカイローマンは引退を先延ばしにしたお陰で京都大賞典を優勝しました。その時の優勝騎手は武豊騎手

天才の重賞勝利第一号は、この京都大賞典のトウカイローマンなんですよね。

話を元に戻しますと、この宙に浮いた種付け権をそのままにするのは勿体ないということになり、虚弱体質で競走馬になれなかったトウカイローマンの妹トウカイナチュラルにお鉢が回ってきました。そして種付けをされて誕生したのが、冒頭にも登場したトウカイテイオーです。

まるで運命の糸に手繰り寄せられたように誕生したトウカイテイオー。強さ以外にも人を惹きつける魅力にあふれていたのは、やはり半世紀前からの執念が結実していたからなのでしょうね。競馬とはこのようなドラマにあふれているから面白いですし、止められないんですよね。

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